幼い頃に海辺で出会った少女は、「僕」が長じてからもおなじかたちを続けていた。 あるものをもとめて彷徨う少女と、少女にこいをした「僕」の、そのゆくすえ。 夏山にあらわれた氷上の庭、夢をむすべないでいる黒色のさかな。 水鏡にとざされる金色のさかな、しろいこどもと出会う夏休み。 これは、「僕」がかきあつめた、ひとさかななるものについてのかけらたち。 断片収集和風幻想小説。 【Sample(「鏃 やじり」抜粋)】 鮮やかな彩りのなかに、くすんだ点があった。咲き乱れる花に埋もれるようにして、灰色の日傘をさす彼女がいた。白魚のような指が活き葉のついた小枝をつまんでいる。彼女は膝を折り、小枝を氷面に突き刺した。小枝は幹へと変じながら背を伸ばしていく。方々に分かれていく枝に艶やかな濃緑が芽吹き、蕾がつき、花が開く。そこに咲いた鮮紅は、彼女と出会った海辺に灯っていたそれと同じ花だ。 こんなことがあるはずはない。あるはずはないのだけれど、あることにすることができれば、そこには彼女がいる。 僕は身を乗り出していた。極彩に湧いた灰色へと手を伸ばせば、彼女をとらえられるかもしれなかった。
売切れ
人魚のかたり / 片足靴屋/Sheagh sidhe
幼い頃に海辺で出会った少女は、「僕」が長じてからもおなじかたちを続けていた。
あるものをもとめて彷徨う少女と、少女にこいをした「僕」の、そのゆくすえ。
夏山にあらわれた氷上の庭、夢をむすべないでいる黒色のさかな。
水鏡にとざされる金色のさかな、しろいこどもと出会う夏休み。
これは、「僕」がかきあつめた、ひとさかななるものについてのかけらたち。
断片収集和風幻想小説。
【Sample(「鏃 やじり」抜粋)】
鮮やかな彩りのなかに、くすんだ点があった。咲き乱れる花に埋もれるようにして、灰色の日傘をさす彼女がいた。白魚のような指が活き葉のついた小枝をつまんでいる。彼女は膝を折り、小枝を氷面に突き刺した。小枝は幹へと変じながら背を伸ばしていく。方々に分かれていく枝に艶やかな濃緑が芽吹き、蕾がつき、花が開く。そこに咲いた鮮紅は、彼女と出会った海辺に灯っていたそれと同じ花だ。
こんなことがあるはずはない。あるはずはないのだけれど、あることにすることができれば、そこには彼女がいる。
僕は身を乗り出していた。極彩に湧いた灰色へと手を伸ばせば、彼女をとらえられるかもしれなかった。
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